社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
 なに遠慮してんだ?
という顔で、将臣は千景を見ている。

 千景が遠ざかったせいか。
 猛ダッシュしていないせいか。

 いつもより千景を観察できたらしい将臣が、おや? という感じで千景の靴を見た。

「お前、なかなかいい靴を履いてるな」

 手入れもよくしてある、と言う。

 千景が履いているのは、シンプルなブラウン系で踵が低めの革のパンプスだった。

「あ、これ。
 おじいちゃんが入社祝いに買ってくれたんです。

 おじいちゃんの知り合いの職人さんのところで、作ってもらったんですけど」

 祖父が買ってくれた靴を褒められて嬉しく、千景は語る。

「ほら、昔からよく言うではないですか。
 素敵な靴は素敵な場所に連れていってくれるって。

 だから、靴はいい物を履きなさいっておじいちゃんが」

「いいおじいさんだな」
としみじみと言ったあとで、将臣は言う。

「……だが、お前は、その素敵な靴で、毎朝、猛ダッシュしているようだが。
 いや、おじいさんはこの事態を見越して、そんなローヒールにしたのか。

 いいおじいさんだな」

 さっきとは違う意味を込めて、そう言われたとき、地下二階に着いていた。
< 54 / 477 >

この作品をシェア

pagetop