社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
「えっ? いいですよ」

「怖いだろう。
 ひとりでこんなところ歩いていくの」

「え、別に……」

 行くぞ、と将臣は先に降りたが。

 たぶん、怖いの私じゃなくて、社長だな、と千景は思っていた。

 でも、自分が怖いから、人も怖いだろうと思って、怖いのに付き合ってくれるとか。

 ほんと人がいい、とちょっと笑う。

 武者小路の言葉を思い出していた。

「俺は気に食わないが、いい奴みたいだぞ。

 ……マザコンだが」

 しまった。
 社長の印象が、また、マザコンになってしまった、と思いながら、二人で仙人目指して暗い廊下を歩く。
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