神殺しのクロノスタシスⅣ
「体調はどうだ?気分が悪くなったりは?」

俺は、少女の点滴の袋を取り替えながら尋ねた。

「平気です」

少女は笑顔で答えた。

平気とは言うが、その細くて小さな身体で、平気なはずがない。

近寄ってみると、血色が悪く、皮膚もガサついていた。

髪の毛も抜け落ちているのか、ピンク色のニット帽を被っていた。

何処から見ても、具合の悪い病人だ。

「本当に?気持ち悪いとか、吐き気はないか?」

「大丈夫です。昨日に比べたら、うんと良くなりました」

昨日。

俺は昨日、彼女に何があったのか知らないが。

この身体は、昨日の彼女の容態を覚えていた。

どうやらこの少女は、昨日は朝から熱を出し、吐き気を催し、一日中ベッドから起き上がれなかったらしい。

発作も起こして、一時は集中治療室に移動することも視野に入れていた。

成程、それで先程、あんなに深刻な顔で医療チームがミーティングしていたのか。

この少女は、見た目通り…酷く弱っている。

命が危ぶまれるほどに。

それなのに、少女は笑っている。

自分に迫る命の期限など、まるで理解していないかのように。

「…そうだ。身体の調子が良いなら、今晩、ここに遊びに来ても良いか?」

俺の口が、勝手にそう動いていた。

「えっ。遊びに来てくれるんですか?」

少女の顔が、ぱっと輝いた。

「あぁ。疲れない範囲でな」

「…!」

俺がそう答えると、少女はたちまちのうちに明るい笑顔を浮かべ。

「はい!来てください。小さいお兄さんも一緒ですか?」

と、嬉しそうな顔で尋ねた。

小さいお兄さんというのは誰だ、と俺は思ったが。

そこも勿論、身体が覚えていた。

小さいお兄さんというのは、さっき話していた、俺の後輩のことだ。

つまり俺は、逆に、大きいお兄さんということになる。

「あぁ。二人で来るよ」

「…!嬉しいです。来てください」

少女は、年相応の無邪気な笑顔で言った。

少女の顔は年相応なのに。

身体の方は、実年齢よりずっと幼く見えた。

「何をして遊びますか?トランプ?折り紙?あっ、じゃあ、似顔絵も夜までに描いておかなくちゃ」

遊びに来ると言われたのが、余程嬉しいらしく。

少女は、広いベッドの上ではしゃいでいた。

「分かった、分かった。あんまりはしゃいだら駄目だぞ、調子が悪くなるから」

「あっ、はい!」

「それじゃあ、また後で来るからな。夕食も、ちゃんと食べるんだぞ?」

「分かりました!」

痩せ細った、痩けた頬で。

少女は、恐らく自分に出来る最高の笑顔で答えた。
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