神殺しのクロノスタシスⅣ
病室を出て、ナースステーションに戻る途中。

後輩は、浮かない顔でポツリと呟いた。

「…寂しいよな」

「…」

…何が、など聞くまでもない。

先程の、孤独な少女のことだ。

「あんなに小さくて…まだ、人生はこれからなのに…。これから楽しいことが、たくさんあるはずなのに…。あの子に残された時間は、もう…」

「…」

「家族だって…。小児病棟に入院している子には、いつも両親がお見舞いに来てるのに…。あの子はたった一人のお兄さんだけで…それも、滅多に会いに来られなくて…」

後輩は、自分のことのように悔しそうだった。

と言うより、やりきれない気持ちの方が強いようだ。

…まぁ、普通はそう思うのだろうな。

「それに何より…あの子は、もう治る見込みがない。元気になって退院出来ないって分かってるんだ。…あんまりだよ。こんな酷いことって、あるのかよ?」

ある。

この世の中には、あらゆる不条理な悲劇が満ちていて。

それがいつ、どんなときに自分や、自分の大切な人の身に降り掛かっても、おかしくはないのだ。

そう言いたかったが、言えなかった。

意見が対立するのは目に見えていたし、そもそも俺の身体が、そんな言葉を受け付けなかった。

好きなように発言することも、今の俺には出来ない。

だから、俺の口から自然と出てきたのは、ありきたりで、ありふれた言葉だった。

「そうだな。本当に…不条理だな。あの子は…何も悪いことはしてないというのに…」

いくら善い行いをしようが、悪い行いをしようが、訪れる死は誰にでも平等だ。

「何とか…してあげられたら良いのに。俺達は、あの子を見守る以外…何もしてあげられないんだ。こんな悔しいことはないよ…」

後輩は、歯を食い縛るようにして言った。

そして、彼が次に口にした言葉は。

俺のぼんやりとした記憶を、大きく揺さぶるものだった。

「せめて…せめて魔導師が…力を貸してくれたら良いのに」

「…魔導、師…」

魔導師…だって?

この世界には、魔法の概念があるのか?

今に至るまで、魔法の話なんて一度として…。

「そうだよ。魔導師が、力を独占せずに…民間にも開放してくれたら…あの子の為に、打つ手はあるはずなのに」

後輩がそう言った途端、俺の…いや。

この身体の持ち主が持っている記憶が、突如として蘇った。

この世界にも、魔法の概念はある。

魔導師もいる。

しかし、その魔法は、一般人にはほとんど全く公表されない。

全ての魔導化学を、魔導師達が独占している。

この世界では、魔導師は一般人と大きく一線を画している。

魔導師は決して、一般人に魔導化学を公開したりしないし、ましてや一般人の為に魔法を使うことはない。 

「本当に、ズルい…卑怯な奴らだよ、魔導師なんて…。人智を超えた力を持ってるのに。その力で、いくらでも人を救えるのに…。奴らはその力を、自分達だけで独占して、俺達を見下してるんだ」

「…」

その通りだ。

この世界では、その通りだ。身体の持ち主の記憶が、そう言っている。

…だが、例外はある。
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