竜王太子の生贄花嫁を拝命しましたが、殿下がなぜか溺愛モードです!?~一年後に離縁って言ったじゃないですか!~
(結局、あのまま追い出されちゃった)
 静まり返った広い廊下を、エルナはひとりとぼとぼと歩いていた。微かな記憶を頼りに部屋に戻る道中で、エルナは先ほどのルードヴィヒが言ったことを思い出していた。――一年後、自分たちは離縁して、シェーンベルグとヘンデルの条約もなくなるという話を。
(正直家族に思い入れはない。実家に帰れなくたって構わない。……けれどシェーンベルグとの条約がなくなれば、大陸でいちばんの小国であるヘンデルが、〇〇に攻め入られる可能性は高くなるかもしれない)
 エルナにとっての懸念はふたつ。ヘンデルには優しくしてくれたヨハンがいることと、大好きな母との思い出が、ヘンデルにしかないことだった。ほかがどうなろうとも、そのふたつは守りたいとエルナは思った。
(離縁はいいとして、せめて条約を破棄するのだけは思いとどまってくれないかしら。……そうだ。一緒に過ごすことで、私がルードヴィヒ様との距離を縮められれば、考え直してくれるかも)
 簡単にそう言っても、あのルードヴィヒと距離を縮めることなど至難の業だ。エルナもその事実には気づいていたが、だからといってほかにルードヴィヒを止める方法も見つからない。それに、エルナはルードヴィヒと過ごしたたった数分の間に、彼に対して気になるところがあった。
(あの冷たさの奥にある悲しげな瞳……)
 美しいものが嫌いだと言い放ったルードヴィヒは、今まで見たどんなものより美しくエルナの目に映り、そしてその表情は、冷酷に見えて儚くもあった。
(ルードヴィヒ様も王太子に生まれながら、なにか辛いことがあったんじゃあ……?)
 彼が条約を廃止しようと思った原因は、彼の今までの人生でそう思わせる〝なにか〟があったに違いない。
必要以上にルードヴィヒと関わる気はなかったが、一緒にいる間だけでも、エルナは妻としてルードヴィヒのことを知りたいと思った。それが自分やヘンデルのためになると信じて――。
 ルードヴィヒの部屋を出て三十分後、エルナはやっと自室へ戻ることができた。そしていろんなことを考える前に眠気が襲い、そのままベッドに沈んでいった。


「エルナ様。そろそろご起床いただいてもよろしいでしょうか」
 布団もかぶらず、ベッドの上で丸まった姿で寝ていたエルナは、侍女に声をかけられて目を覚ました。まだ意識はまどろんでいる。
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