君が好きでたまらない!
 新さんは、急いで私を追いかけてきたようだ。額に汗がきらりと光って見えた。息も切れている。私が泣いていると気付くと、つかつかと近くにやってきた。そして私をぎゅっと抱き締めた。

「急に走り出すから、心配した……」

「え?」

 走って逃げたのは、さっきまでのメイクで変身した私だ。今の『佳織』ではない。

「水族館がこどもっぽかったのかとか、キスも嫌なほど、嫌われていたのかと、落ち込んでいたんだが……」

「ええっ!?」

 水族館に行ったのも、キスをしたのも変装した私。別人に変装したつもりだったのに、ばれていたということ?

「さっき言っていたことを聞いてしまった。すまない。その……俺のことを……想ってくれている……のは、ほ、本当か?」

「ま、待って。新さん、あの、さっきのデート、わ、わたしって気づいて?」

「メイクが最近違うことか? コーヒーをここでこぼしてしまった時から気付いていたが?」

「えええ!!?」

 つまり私は、別人としてではなく、最初から『佳織』として、新さんに接してもらっていたってこと? さっきのキスは浮気ではないってこと? 新さんも、私のこと──?

「何よ、犬も食わないやつなのー? 人騒がせねぇ。佳織、ここはもういいから、新さんと家に帰りなさい。ちゃんと話し合って」

「あ、ありがとう、お姉ちゃん……」

「すみません」

 呆れた姉に追い返されるようにして、二人でオフィスを出た。新さんは、急いで空いている駐車場を探し、そこから走ってきたらしく、車が停めてあるのは少し遠い駐車場だった。
 あたりはすっかり夜で、夏の生温い空気が身体をまとう。だが、私たちはそんな暑さも構わずに、ただ無言で手をつないでいた。
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