家の中になにかいます【短編】
パスポート、なし。
運転免許証、なし。
保険証、勿論なし。
国籍、ミジカネーディア魔法王国。
職業聖騎士の副団長。
婚約者あり、だが相手の顔も覚えていない家が決めた結婚。
現在18歳。隣国との交戦中、敵の攻撃にあたり異世界に飛ばされた。名前、クロウ・サザンネル。

……すっごい設定盛り込んできたな。

と思ったが、彼の言っていることは本当のような気がしてならない。
あまりのずぶぬれっぷりに、風呂を沸かした。そして色々タオルはここ、着替えは元カレのもの、シャンプーはここなどと教えたが。

「身体を洗う石鹸はどれだ」
「この風呂桶でからだを流せばいいのか」
「なんて便利な、すぐお湯が沸くのか」

だのいちいち教えていた。風呂場に連れ込まれるんか思ったが全くそんなこと起こらなかった。ただ、顔を赤らめて、足を指さすなり

「足を男に見せるな、破廉恥だろう」

とゆでだこのようになってしまったので、長ズボンに履きなおした。
スーツというものがない世界なのかだろうか。
鎧は玄関に干している状態にした。やっぱり触ると本物のようで彼の言っていることに信憑性が増したのだった。



そしてお互い向かい合っている。
鎧を着ていた時は段ボールの中にいるといえど、まだこちらを睨みつけるような威嚇しているような圧を表情に感じたのだが、今は顔面蒼白でその気迫は見る影もなかった。重い沈黙が流れる。
彼は項垂れているように目を合わせようとしなかった。表情は暗く、とても悲しそうだった。
無理もない、自ら帰る手立てがないらしい。正座して、頭を下げた。

「……しばらく、世話になってもよろしいだろうか」

住所、国籍、不定男。だがこの国では成人といえど、ついこないだまで未成年だったことだろう。頭の中でこいつは危険より、孤独な少年を見捨てる大人の自分を客観的に考えてしまった。同情で追い出すのは、後悔すると思ったから、

「いいけど、家にいるならそれなりに家事してほしいな」

「それはなんなりと、使い方さえ教えてくれれば多少なことは大丈夫だと思う」

ホッとした顔が年相応の少年の顔でこちらも安堵した。
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