ツインソウル
国道沿いの明るい歩道を二人で並んで歩く。
智樹が車道側を歩き、さりげなく緋沙子を守るような振る舞いに緋沙子は温かい気持ちになった。
そして緊張感のないゆったりとした無言の状況を数分ほど楽しんでいると曲がり角から男が出てきた。
仕事帰りの弘明だ。
立ち止まって見合った緋沙子と弘明に智樹は状況を察し少し遠ざかって様子を見守った。
「元気か」
「うん」
弘明から声を掛けた。そして智樹をちらっと見て「新しい男ができたのか?」とつぶやく。
「友達よ」
「じゃあな」
弘明は軽く智樹に頭を下げて立ち去った。
遠ざかった弘明を確認してから緋沙子はぽつりと言った。
「元夫です」
「そのようですね」
「なんとなく酔いが抜けちゃった」
「飲み直す?」
「そうしたいですけど、ご迷惑じゃないですか?」
「僕も独り身なので平気ですよ。今日飲んでないしね」
「じゃ、よかったらうちにでも。泊まってくださってもいいですよ」
「それはまずいでしょう。女の人のとこに……」
「平気ですよ。それに奥田さん。そういう人じゃないのは占ったからよくわかります」
緋沙子は静かな天使が描かれたタロットカードを思い出した。
「じゃ、信用を裏切らないようにしないとな」
智樹は優しく笑った。
緋沙子のマンションに着いた。表札が『石川』となっている。
智樹があれっと思った瞬間に緋沙子が「吉野は旧姓なんです。まあ元に戻っちゃいましたけどね。どうぞ」と笑ってドアを開け中へ促した。
テーブルとソファーなど大きな家具があるものの、部屋はがらんと寒々しい。智樹がテーブルにつくと緋沙子が冷やしてあった赤ワインとチーズを出してきた。
「ちょっと冷えすぎですけど」
「今日は暑いくらいだしいいと思いますよ」
赤ワインはガラスではなく白い肌に紺色の花の絵付けがなされた磁器のグラスに注がれる。
「これなかなか可愛いですね」
「愛媛の砥部焼です。ガラスだと怖くて酔っぱらえないんですよね。割ってしまいそうで。まあそこまで酔っぱらうのって問題ですけど」
自虐的な微笑みを浮かべる緋沙子に智樹は「確かに、これなら安心感がありますね」と、同意した。
二人で乾杯してワインを飲む。
お互いに無口な性質だが静けさが心地よく緊張感もなかった。
智樹が最近読んだ本の話をすると緋沙子も読んでいて捉え方や考察、感想が違っていて面白かった。
「同じ本が好きなのに好きなところが違うって面白いですね」
「僕は『出来事だけがあった』みたいな素っ気ないラストがよかったですね」
「私は好きじゃないのに悲劇的な無常観がいつまでも心に残ってしまって。ああいう終わり方って気が滅入っちゃうな」
いつの間にかワインも三本目になっていて緋沙子も上機嫌になっている。
「もう少し早く奥田さんとか由香里さんとかに出会えてたらな。楽しかったのかな」
「趣味が合う人ってなかなかいないよね」
「ほんと」
「もうこんな時間か。そろそろお暇します」
「帰らないといけませんか?」
「さすがに帰ります」
「すごく楽しかったです」
緋沙子の伏し目がちな恥じらっている表情を見ながら智樹は「あ、そうだ。これだけはあなたにしようと思ってたことがあったんだ」 と言いながら緋沙子の手を取った。
そしてきつく締められていた腕時計の黒い革のベルトを外した。
「あ……」
緋沙子が吐息交じりの短い声を出す。
智樹は微笑んで手首の赤い跡を見つめた。
「ありがとうございます」
ほんの何秒か二人は黙って見つめあった。
智樹から視線を逸らす。
「もし今度会ったら抱いてしまうかもしれない」
「ええ、きっと」
緋沙子はつぶやくように応える。
「じゃ、これで」
立ち尽くして見つめる緋沙子を後に智樹はマンションから立ち去った。
智樹が車道側を歩き、さりげなく緋沙子を守るような振る舞いに緋沙子は温かい気持ちになった。
そして緊張感のないゆったりとした無言の状況を数分ほど楽しんでいると曲がり角から男が出てきた。
仕事帰りの弘明だ。
立ち止まって見合った緋沙子と弘明に智樹は状況を察し少し遠ざかって様子を見守った。
「元気か」
「うん」
弘明から声を掛けた。そして智樹をちらっと見て「新しい男ができたのか?」とつぶやく。
「友達よ」
「じゃあな」
弘明は軽く智樹に頭を下げて立ち去った。
遠ざかった弘明を確認してから緋沙子はぽつりと言った。
「元夫です」
「そのようですね」
「なんとなく酔いが抜けちゃった」
「飲み直す?」
「そうしたいですけど、ご迷惑じゃないですか?」
「僕も独り身なので平気ですよ。今日飲んでないしね」
「じゃ、よかったらうちにでも。泊まってくださってもいいですよ」
「それはまずいでしょう。女の人のとこに……」
「平気ですよ。それに奥田さん。そういう人じゃないのは占ったからよくわかります」
緋沙子は静かな天使が描かれたタロットカードを思い出した。
「じゃ、信用を裏切らないようにしないとな」
智樹は優しく笑った。
緋沙子のマンションに着いた。表札が『石川』となっている。
智樹があれっと思った瞬間に緋沙子が「吉野は旧姓なんです。まあ元に戻っちゃいましたけどね。どうぞ」と笑ってドアを開け中へ促した。
テーブルとソファーなど大きな家具があるものの、部屋はがらんと寒々しい。智樹がテーブルにつくと緋沙子が冷やしてあった赤ワインとチーズを出してきた。
「ちょっと冷えすぎですけど」
「今日は暑いくらいだしいいと思いますよ」
赤ワインはガラスではなく白い肌に紺色の花の絵付けがなされた磁器のグラスに注がれる。
「これなかなか可愛いですね」
「愛媛の砥部焼です。ガラスだと怖くて酔っぱらえないんですよね。割ってしまいそうで。まあそこまで酔っぱらうのって問題ですけど」
自虐的な微笑みを浮かべる緋沙子に智樹は「確かに、これなら安心感がありますね」と、同意した。
二人で乾杯してワインを飲む。
お互いに無口な性質だが静けさが心地よく緊張感もなかった。
智樹が最近読んだ本の話をすると緋沙子も読んでいて捉え方や考察、感想が違っていて面白かった。
「同じ本が好きなのに好きなところが違うって面白いですね」
「僕は『出来事だけがあった』みたいな素っ気ないラストがよかったですね」
「私は好きじゃないのに悲劇的な無常観がいつまでも心に残ってしまって。ああいう終わり方って気が滅入っちゃうな」
いつの間にかワインも三本目になっていて緋沙子も上機嫌になっている。
「もう少し早く奥田さんとか由香里さんとかに出会えてたらな。楽しかったのかな」
「趣味が合う人ってなかなかいないよね」
「ほんと」
「もうこんな時間か。そろそろお暇します」
「帰らないといけませんか?」
「さすがに帰ります」
「すごく楽しかったです」
緋沙子の伏し目がちな恥じらっている表情を見ながら智樹は「あ、そうだ。これだけはあなたにしようと思ってたことがあったんだ」 と言いながら緋沙子の手を取った。
そしてきつく締められていた腕時計の黒い革のベルトを外した。
「あ……」
緋沙子が吐息交じりの短い声を出す。
智樹は微笑んで手首の赤い跡を見つめた。
「ありがとうございます」
ほんの何秒か二人は黙って見つめあった。
智樹から視線を逸らす。
「もし今度会ったら抱いてしまうかもしれない」
「ええ、きっと」
緋沙子はつぶやくように応える。
「じゃ、これで」
立ち尽くして見つめる緋沙子を後に智樹はマンションから立ち去った。