ツインソウル
 行ったり来たりを繰り返してやっとたどり着いた、智樹のアパートは古ぼけていて懐かしい昭和の香りがした。

「ここ、もう再来月には取り壊すんです。なんとなく住んでみたくてね。僕しか住人はいないんだ。どうぞ」

 二つの部屋にはそれぞれローテーブルとパソコンデスクしかなかった。
緋沙子の部屋より更に何もないのにがらんとした寂しさはなく、すっきりとした爽快感があるのは不思議だった。

「座布団もないです。ごめんね」
「畳だから平気です」

 少し緊張している緋沙子はちゃんと正座をしていた。

「何か飲みます?」
「もうそれも……」
「じゃお風呂でもどうぞ。走ったから汗かいたでしょ」

 風呂場は小さなタイル張りだった。
今ではあまり見られない立方体の深い浴槽もなんだか緋沙子には懐かしく感じられる代物だった。
 熱めの湯に浸かりながら先ほどの初めての自発的で能動的な行動を思い出す。自分にもこんな行動力があったのだと驚き感心した。

 風呂からあがりガーゼのパジャマを着た。
初めて来た男の家でこんなにくつろいだ格好をする自分にまた驚く。

「じゃあ僕も入ってきます。それでも飲んでて」

 ペットボトルの冷えた水を智樹は差し出して浴室に向かった。 隣の部屋を見ると布団がひかれてあった。
水を飲みながらぼんやりしていると智樹もTシャツとハーフパンツ姿でやってきた。

智樹は立ったまま水を飲み、座っている緋沙子に向かって「こっちにどうぞ」と、手を引いて布団のほうへ促した。

 豆球の明かりが部屋をキャラメル色にしている。

「懐かしい明かり」

 緋沙子は天上から吊るされた傘をかぶった灯りを見上げる。

「なんだか落ち着くね」

 これから抱き合おうという瞬間に優しい目をする智樹を、緋沙子は不思議な気持ちで見つめた。
そして智樹は待ってくれていた、と思った。

 いつも男たちは緋沙子を待ってはくれない。
愛情を感じないわけではないが先に支配され征服されるような気がしていた。 

 二人で布団の上に座り見つめあう。
緋沙子が智樹の眼鏡をはずすと、吸い寄せられるように同じスピードで顔が近づきと鼻先が当たった。
動物のように鼻先をくっつけて小鳥のように唇をついばむ。

世界で一対しかいない、つがいのような欲望のない自然な気持ちで当たり前のように舌を絡めて口づけを交わす。

 緋沙子はタロットカードの『恋人たち』を思い浮かべた。裸のアダムとイブが天使の祝福を受けている。まだ知恵の実を食べていない彼らは欲望を知らず偽らず隠すことなく、開かれた心と身体でエデンの園にいる。

 智樹の唇が緋沙子の手首に口づけられ舌を這わせられるとまるで、その腕は羽になったように軽くなる。
そして翼をはためかせ飛び立ちたいような気持が湧きあがると、その手を包むように握りしめられた。

一緒に飛ぶのだ。

 智樹のてのひらに緋沙子の乳房がすっぽりと収まる。折り重なる身体もそれぞれの部位もあつらえたようにぴったりフィットする。お互いに愛撫しあい、余すところなく口づける。
智樹の動きに緋沙子も応じる。
 優しくて静かで深い官能の波が身体の芯から寄せては返す。
緋沙子が声を上げると智樹も呻き、まるで二本の波長が段々綺麗に重なっていくように一つの音になる。
 やがて身体も心も魂さえも溶け合ったような快感の中、二人は果てて最初から二人で一人だったかのようにしばらく抱き合っていた。


 月明かりがカーテンの隙間から射した。月光を浴びながら智樹と緋沙子は身体を離した。

「ずっとこの時を待っていた気がする」

 智樹は緋沙子に布団をかけてやりながら呟いた。

「私もあなたに会うためにここまで来た気がします」

 何度も生まれ変わっては巡り合い、別れ、離れてやっと平和で自由な今を選んで出会えた気がしている。
そして執着することなく今ここで二人にまた別離が訪れても平気だと思えるぐらい満ち足りていた。

「私はずっと眠っていたかったんです。大人になりたくなくて。でも現実にはそういうわけにはいかないですよね。それでせめて子供たちの中で過ごしたくて保育士になったんですけど、いつも誰かに揺さぶられてきたんです。自分にも人生にも疑問をずっと感じていたから占いを勉強してきたんですけど、今やっとわかった」

 緋沙子の話を聞きながら智樹も自分の人生を振り返った。

「僕は動きたくてもなぜか身動きが取れなかった。いつも明日にでも旅に出たいと思ってるのにね。きっとあなたが来るのを待つためだったんですね」

 二人は見つめあって抱き合った。歓びが湧きあがる。

「ありがとうございます。もう自由です」

 今までで一番明るく力強い緋沙子の笑顔が月明かりの中、輝いた。
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