偽聖女と虐げられた公爵令嬢は二度目の人生は復讐に生きる
 それからロゼルトがリシェルの前に現れることはなかった。次の日、リシェルは処刑されるため、早朝から慌ただしく塔を出されたからだ。
 リシェルを哀れんでか、兵士のひとりが事情を説明してくれた。
 国王に隠し子がいたことが発覚し、それがロゼルトだと。そしてそのロゼルトが国に反旗を翻そうとしているため、リシェルの死刑が早まってしまったと。
 教えてくれた兵士は、とてもすまなそうにしていたけれど──。

(やっと楽になれる)

 リシェルはそう思っていた。断頭台に上がるまでは。
 断頭台に連れてこられた瞬間、目の前の光景を見てリシェルは固まった。
 死ぬのはずっと自分だけだと思っていたのに、リシェルによくしてくれた人たちが皆、断頭台に綺麗に並べられていたのだ。

「ん、ぬー!」

 猿ぐつわをはめられてしゃべることすらできず、リシェルは断頭台にかけられる。
 最後まで世話してくれたリシェル専属の侍女のリンゼ。
 仕事を一緒にフォローしてくれた伯爵。
 ラムディティア領にいた時リシェルの護衛だったシーク。
 ほかにもリシェルに協力的だった貴族たちが並んでいたのだ。
 リシェルの前でガルシャがうれしそうに笑いながら彼女を見下ろしていた。醜悪な笑みを浮かべながら。

(ありえない)

 ザシュリ!

 リンゼの首が飛んだ。それを皮切りに刃が次々と振り下ろされては、首が飛ぶ。

(ありえない。彼らがどんな罪をおかしたというのだろう。大義もなく、こんなことをすれば臣下は誰もついてこなくなる)

 リシェルに対しては、事実無根だがランジャーナ地区の反乱の首謀者を断罪するという大義名分があった。
 けれど──殺される人たちの中には伯爵やそれなりに身分の高い者も含まれている。
 しかも秘密裏に処刑するなんて、ありえない。この王子は分別すらついていないのか。
 なぜこの王子は越えてはいけない一線をやすやすと越えられるのか。
 あまりも愚かすぎてリシェルは思考がついていかなかった。
 ガルシャは人間ではなく魔物なのではないかとリシェルが疑うほど、彼の行動は常識を逸していたのだ。

(彼は分別というものを生まれた時どこかに置いてきてしまったのでしょうか。なぜ後のことをまったく考えずにこのような暴挙に出られるのでしょう?)

 リシェルは思う──。
 自分に関わったばかりに殺されていく人たち。
 罪状はリシェルと仲がよかったから。ただそれだけ。
 あの時ロゼルトの手を取ってさえいたら──。
 命を諦めず生きようとしていれば、彼らの処刑も先延ばしにされて救う手立てがあったのかもしれないのに。生を諦めたがために彼らが死んでしまう。
 なぜあの時ロゼルトの手を取らなかったのか。
 あれこれと思いを巡らせ、リシェルはあふれる涙を止められなかった。

(ごめんなさい。ごめんなさい)

 あの時闘う勇気を持っていたなら、もしかしたら誰も死ななくて済んだかもしれないのに。
 牢屋に閉じ込められていたとしても、後で救えたのかもしれないのに。
 自暴自棄になったために、彼らを救うことができなかった。

 ──神よ。もしあなたが本当に存在するのなら。私の魂を捧げましょう。
 ──だから、私に力を。
 ──お願いどうかみんなを助けて。
 ──お願いお願いお願い。

 心の中で何度も願うけれど、無情に首が飛ぶ鈍い音だけが響いている。
 リシェルの願いは届かない。皆の首が無慈悲に転がっていく。次々と首が飛んでいき──。
 ついにリシェルの番がきた。

 ──許さない。許さない。
 ──私は死してもこの王子を呪い、復讐しましょう。
 ──悪魔に魂を売ってでも怨霊となり末代まで祟りを!!

 ガルシャを睨みながら──金属の擦れるような音が聞こえリシェルは意識を失うのだった。

 リシェルは断罪されたはずだった。
 それなのに──。

「お嬢様おはようございます。今日もいい天気ですよ」

 リシェルは、幼い時に過ごしていたラムディティア家の自室のベッドで目を覚ます。リシェルに仕えていた侍女のリンゼが微笑んだ。
 最後までリシェルに付き従ったリンゼも、断頭台で裁かれてしまったはずだった。
 そのリンゼが──かつてリシェルが住んでいた屋敷の部屋で微笑んでいる。
 いまだ慣れない状況にリシェルは戸惑った。
 どうやらリシェルは八年前の幼少時代。十歳にまで巻き戻ってしまったようなのである。まだ領地で父親と暮らしていた時代だ。逆行してすでに三日を経過し、夢を見ているのか、ここは天国なのかと考えても答えは出ない。ただ現状、リシェルが十歳の自分をやり直していることはたしかだ。

「どうかしましたか? お嬢様?」

 リンゼがにっこり微笑みながら紅茶を差し出してくれる。
 リシェルが牢に入るまでの間、よく入れてくれたおいしい紅茶の香りがする。
 王都に無理やり連れていかれても、リンゼはずっとリシェルに付き従ってくれた。王子たちがリシェルをいじめていても、リンゼだけは寄り添い慰めてくれたのだ。
 リシェルはベッドのヘッドボードにもたれて足を伸ばして座ると、体が小さくなっていることを自覚した。ソーサーごとカップを受けり、リンゼが入れてくれた紅茶に、そっと口をつけた。
 懐かしい味を楽しみながら──リシェルは落ち着いて考えてみる。
 なぜ時代を逆行したのか、それはわからない。
 もしかしたら、これは死ぬ前に見ている夢なのかもしれない。
 けれど──それでも。
 殺されるその前に、国民を不幸に陥れたガルシャを呪い、復讐することを神に誓った。
 怨霊となって、末代まで祟りがあるようにと神に祈った。
 これはきっと神がリシェルの願いを叶えてくれたのだと、リシェルは思う。

 ──神がまた機会を与えてくださったというなら、私は誓いを守りましょう。
 ──私から全てを奪ったガルシャに、国を困窮させた聖女に必ず制裁を。
 ──私に味方をしたばかりに死んでいった人たちや重い税に苦しむ人々。
 ──あのような未来はもう二度と体験したくありません。
 ──必ず復讐を。そのために私は生まれ変わったのですから。

 リシェルは遠くを見つめ、思うのだった。

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