お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
 だったら妻としては彼に最善を尽くしたい。どんな理由で結婚したとしても。

 彼の部屋のドアを手早くノックしたら、中から短く返事があった。片方の手でトレーを持ってバランスを取りつつ、空いた方の手でドアを開けようと試みる。すると先に扉が開いて大知さんが顔を出した。

「どうした?」

「あの、お茶を淹れたので、もしもよかったら……」

 早口に捲し立てるも、声のボリュームはどんどん弱くなる。断りを入れつつ本当に余計な行動だったらどうしようかと不安が押し寄せてきたからだ。

 コーヒーにしようか迷ったが、時間も時間なのでノンカフェインのハーブティーにした。あまり癖がなく飲みやすく、私も気に入っている。

「ありがとう、もらうよ。ちょうど喉が渇いていたんだ」

 彼の反応に内心で胸を撫で下ろした。

「わざわざ悪いな」

「いいえ。私も飲もうと思ったので」

 半分本当で、半分嘘だ。大知さんのために、自分になにができるかを必死に考えて、思いついたのがこれだった。

 大知さんがトレーを受け取ったのを確認し、そっと手を離して踵を返そうとする。彼の作業をこれ以上、中断させるわけにはいかない。

「千紗」

 ところが大知さんに呼び止められ、足を止めた。

「千紗の分も淹れたなら、一緒に飲まないか?」

 彼からの思わぬ提案に目を見張る。

「無理にとは言わないが」

「い、いいえ。大知さんさえよろしければ、ぜひ!」

 私の大袈裟すぎるリアクションに大知さんは虚を衝かれた顔になる。けれどそのあと軽く微笑んだ。

 この表情、好きだな。
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