【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ


朔の視線は叶兎くんだけに縛りつけられ、周囲はもう目に入っていないようだった。



そんな朔の状態をよく理解している人が二人。

──天音くんと、蓮水さん。


二人は互いに視線を交わし、ほんの一瞬だけ、不自然なほどはっきりと目配せをした。
言葉にしなくても伝わる、合図。


次の瞬間──視界の端で、ゆらりと真っ赤な炎が揺らめいた。


蓮水さんの足元から、ぼんやりと赤い光の残光が壁一面に広がっていく。

それは本物の熱を持った炎ではなく、相手の目を狂わせ、見た目だけを鮮やかに欺く……蓮水さんの幻覚の能力。


揺らめく幻影の炎が壁一面を覆い尽くし、まるで瓦礫の影から大勢の敵が忍び寄ってきたかのように錯覚させる。

その突如現れた揺らめきに、朔の鋭い瞳がわずかに細められた。



「……誰だ」



銃口が一瞬、横へと揺らいだ。


―今だ。

天音くんは全身に力を込めて駆け出した。
足音を殺し、一直線に朔の背後を狙う。

駆け抜けるように朔へ飛び込み、その手首を狙って拳を振り下ろした。



「……っ!」



鈍い衝撃音と共に朔の腕が大きく弾かれ、銃口が逸れる。


一瞬の隙、朔が反撃に移るよりも早く、目の前へ叶兎くんの姿が突風のように迫っていた。

力強い腕が私の身体を丸ごと抱き寄せ、強引に朔の拘束から引き剥がす。



腕の中に収まった瞬間、安堵が胸を満たす。

でも、そんな安堵も束の間。



「…………天音」



響いたのは、感情が完全に死に絶えたような朔の声だった。

その視線は、憎悪と、深い孤独を含んでいる。



「結局…僕を裏切るんだね」



掠れた声が部屋に響く。



「しかも、永季まで。僕を見捨てるんだ」



重苦しい沈黙の中、天音くんが一歩前に出る。

その顔には苦悩が浮かんでいた。



「違う…!俺は、ただ…」

「言い訳とかいらないから」



けれど、冷たく吐き捨てるような声で、言葉を容赦なく遮られてしまう。


朔が天音くんに向けているその瞳は……もう、大切な身内を見る目なんかじゃない。

冷酷な敵を見つめる時のそれと同じだった。


ただ、深い闇と孤独だけが残っている。



「朔、誤解だ。俺は全部、お前のためにやってんだよ!道を、これ以上踏み外さないように──」



蓮水さんの叫びにも、朔は振り向かない。

その耳には届いていないかのように、ただ冷たく呟いた。



「……もういい」



手の中の拳銃が、再び持ち上がる。

今度は迷いなく、叶兎くんへと狙いを定めて。



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