【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ


『…朔』



静かに名前を呼ぶと、朔の瞳が激しく揺れる。

けれど、すぐに苦しげに顔を歪め、握る手にぐっと力を込め直した。



「……来るな!僕にっ…近寄るな……!」



必死に押し殺した声。

まるで自分自身をも拒絶するような響きだった。



私は逃げ出すことなく、一歩、また一歩と距離を縮めて……そして。

危険も顧みず、飛び込むようにして朔の身体をぎゅっと強く抱きしめた。



「っ……!?」



私の顔のすぐ横に、冷たい銃口がある。

もし朔がパニックになって少しでも指に力を入れれば、また引き金が引かれて……今度こそ死ぬかもしれない。


背筋が寒気で冷たくなっていく。

怖くないわけなんて、絶対にない。


……それでも、私は朔の背中に両腕をしっかりと回した。


さっきまでは私を強引に拘束して離そうとしなかったのに……今は逆に、私から離れようと、朔の方が力任せに私の肩を押し返して抵抗してくる。



『朔、…お願い……目を覚ましてよ…』



きゅっと腕に力を込める。

その瞬間、私を突き放そうとしていた朔の抵抗が一瞬だけ弱まった。



「…くーちゃんは……あいつの事が好きで。僕の事なんか、どうでもいいんでしょ」

『どうでも良い訳ない…!…確かに、私は叶兎くんの事が好きだよ…でも…、“好き”って…1つだけじゃないでしょ?』



胸元に顔を埋め、心を落ち着かせるように一つひとつの言葉を大切に紡いでいく。



『……本当の朔は…こんなことする人じゃないって、私は知ってる。こんな、能力に呑まれて…壊れるような人じゃない。友達として、幼馴染として…私は朔の事が好きなんだよ…っ』



張りつめた空気が少しずつほどけていくのが分かった。

重苦しい圧力が薄れて、胸の奥に温かい光が広がる。




……やっと──無効化の力が応えてくれた。




ぎゅっと不気味に握りしめられていた朔の大きな拳から、ふっと力が抜け、手の中にあった銃口がゆっくりと地面へと下がっていき、朔の呼吸も少しずつ静かに整っていった。


狂気に染まっていた瞳からも焦点の合わない濁りが嘘みたいに薄れ、幼い頃の澄んだ瞳に戻っていく。


私は朔の耳元で、最後に一番伝えたかった言葉を、はっきりと告げた。




『……朔は、一人じゃないよ』



カタン──。

乾いた軽い音とともに、朔の手から離れた拳銃が冷たい床へと転がり落ちた。


そして次の瞬間…糸が切れたように朔の全身から完全に力が抜け、そのまま床へと崩れ落ちたのだった。



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