私を、甘えさせてください
「じゃあ、おやすみ」


ほんの少しの笑顔を私に向け、空川さんはマンションの前で私の手を離した。

そう・・この手は、離れていく手なのだ。

もともと、私に向けられていたものではなかったから。


考えれば考えるほど、ボロボロと大粒の涙があふれてきて、自分でもどうしていいか分からなくなった。


「美月、中に入ろう。ね?」


俯く私の肩を抱いて、空川さんは家の前まで来てくれた。


「もう、ひとりでも大丈夫?」


その問いかけにハッとする。

呪いのような『ひとりでも大丈夫』というフレーズ。


うなずけば、どうなるのか。
首を横に振れば、どうなるのか。


考えを巡らせてみるものの、もう何が正解なのか判断できなかった。


ひとつだけ分かっていることは。

もう、ひとりでは抱えきれないということ。
このままじゃ、自分が壊れてしまいそうだ。


私は、首を横に振った。

『ひとりでも大丈夫』じゃないから。


ふたりの間に、しばらく沈黙が続いた。

空川さんも、戸惑っている。


「・・・・どうしてあげたら、いいのかな」


「朝まで・・一緒にいてほしい」


それを聞いた空川さんが、目を見開く。

自分でも、何を言い出すのかと驚いた。


「それは・・できない。俺、そんなことできる立場じゃない」


ああ、なんてバカなことを口にしたんだろう。


「私・・・・」

「うん」

「もう、壊れてしまいそう・・・・」


それだけ言って、玄関のドアを開けて中に入る。

中に入ったのは、私ひとりだ。



「うあーーー、うっううっ、うーーー」



玄関先で泣き崩れた私の声は、きっとドアの外まで聞こえていたに違いないけれど。

もう、嗚咽を抑えることはできなかった。


空川さんには、合鍵を渡していなかったから。

たとえ、泣き声が聞こえていて。
たとえ、中に入りたいと思っても。


それは不可能だった。


どの感情が涙に変わっているのか分からないくらい、いろんなことを思い出しては泣いた。


それくらいしないと。
涙が出なくなるまで気持ちを昇華させないと。

この恋を終わらせることなんて、できないと思った。

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