策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「狭い廊下で、不安定な体勢を取らせた俺が悪い、ごめん。まして、足も痛いのに」
 謝らないで、卯波先生が悪いんじゃない。

 それよりも倒れるかと思って怖かった。
 怖さで痛いほど胸がどきどき、息は小刻みに荒い。

「怖がらせたのはごめん、でも倒すもんか」
え?
「俺が緒花くんを受け止めないとでも思ったのか? 身を呈してでも必ず守る」
「え」

 キリッとした口調は相変わらずクールで抑揚がないから、“またケガをされたら迷惑だ”って言葉のほうが似合うのに。

 守るって、言ってもらえたことに恐縮するばかり。

 おっと、勘違いするところだった。

 守るって意味は、休まれたら迷惑だからケガから守るってことね。
 
 というか、どうして私が怖かったってわかったの?

「ふらつきはないか?」
「ないです」
 力がなくて、声よりも息に近い声が漏れる。

 私の体から力が抜けて、リラックスしたのを確認したのか、安心したように卯波先生が体を離した。

「また明日」
「失礼します」
 震える、熱い、恥ずかしい。いろいろな感情が、心の中でぐるぐる回ったまま踵を返す。

「着替えて来い、送る」
 聞き間違い? 背後から聞こえてきた、思いがけない卯波先生の言葉に、恐るおそる振り向く。

 日が暮れて、ほの暗い廊下に立つ卯波先生は表情ひとつ変えずに、顎で早く行けと合図をしてくる。

「ぼんやりしていないで、ゆっくりと歩いて着替えて来い。これで行かないと、もう二度と送ると言わない」

 本当に卯波先生、送るって言ったんだ。

 そんな、そんな、とんでもない。送っていただくなんて申し訳ない。

「ひとりで帰れます」
「わかった、気をつけて帰れよ」
 肩透かしを食らわす、拍子抜けするほどのあっさり感。

「今日は、ご心配をおかけしてすみませんでした。ありがとうございます」
「ああ」

 あっさりとした淡白な背中が、ゆっくりと肩から回り、廊下に硬い靴音を響かせながら、通用口に向かい歩いて行った。

 武士に二言(にごん)はないの見本みたいな去り方。 

 ルックスは上品な美形で、貴公子然とした西洋風なのに、中身は武士なギャップ。

 送ってくれるって言う顔が笑わないし、なにを考えているのかわからないから、遠慮してしまった。

 悪かったかな。

 迷惑がられているのに、真に受けて送ってもらうなんて申し訳なくてできないよ、歩けないほどでもないし。

 ふと視線を凝らすと、薄暗い通路に紛れ込んで、休憩室のドアノブに白い袋がかかっている。

 なにこれ、メモが貼ってある。
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