仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


 この日の夜、杏は大知の帰りを心待ちにしながらベッドに入った。

 当直の後は、いつも昼頃には帰宅する。大知が帰る前にごはんを作って、二人で食べよう。お疲れだろうから、力がつくものがいいかもしれない。

 それに明日は日曜日で、杏も学校は休み。一日一緒にいられると思うと、気持ちが浮ついてなかなか寝付けなかった。

 世間では、一緒に過ごすなんて当たり前なのかもしれない。でもこれまで孤独で、片思いだとばかり思っていた杏には、すごく幸せで心が満たされる思いだった。

「大知さん、おやすみなさい」

 一人分空いた空間に向かって囁くと、そっと目を閉じ眠りについた。

 翌朝、遮光カーテンの隙間からわずかにこぼれる日差しで目が覚めた。よく寝た気がする。ぐっと伸びをしながら、時計を見れば、一瞬で頭がクリアになった。

「え!? 嘘」

 九時半を過ぎていたのだ。朝から料理をしようと張り切っていたのに、眠れなくて寝坊してしまった。

 どうしよう、大知が帰ってきてしまう……。

 杏は焦った様子でベッドから降りると、急いでキッチンへと向かった。

(化粧はあとにして、とりあずご飯を炊いて。それから……)

 頭の中でやるべきことを、並べる。だが次の瞬間、その思考は完全にフリーズしてしまった。

「杏、起きた? おはよ」

 すでに大知が帰ってきていたのだ。


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