仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


 どうやら大知のポケットから鳴っているようで、徐にスマホを取りだすと、ディスプレイに目を向ける。

 そしてその顔はすぐ、舌打ちが出そうな表情に変わった。さっきまで杏を愛でていた顔とは、まさに一八〇度違う様相。

「電話、でなくていいんですか」
「あぁいい」

 ぶっきらぼうに言うと、乱雑にポケットにしまった。

 出ないということは、病院からじゃなかったのだろう。大知の交友関係は、残念ながら全く知らない。誰と仲が良くて、どんな人と仕事をしているのかも。だから察しすらつかなかった。

「せっかくだから、どこか泊まって帰るか?」

 今思い立ったように声を上げる。

「でも明日お仕事じゃ?」
「そうだった。くそ、なかなか時間とれなくてもどかしいな」

 はぁと空を仰ぎ、本当に残念そうなため息を吐く。そんな彼の肩に、ぴたっと頭をもたげた。

「帰る家は同じじゃないですか。大知さんと一緒にいられるだけで、十分です」
「それもそうだな」

 大知の温かくて大きな手が杏の頭を撫でる。彼の手には、すべてを許してくれるような、包容力が宿っているよう。

 心から安堵できる場所があるって、すごく奇跡的なことだ。実際は、望んでも手に入らないことのほうが多い。



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