仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
「悪いな」
白衣を翻しながら走ってくる大知に、一目で釘付けになる。白衣の下には緑色のスクラブを着ていて、その姿があまりにかっこよくて、一瞬息が止まった。
「あの、はい、これですよね」
「あぁ、ありがとう、助かった。どうしても抜けられなくて」
「い、いえ」
大知をロックオンしたまま、小さくかぶりを振る。
(めちゃくちゃかっこいい)
こんな素敵な人が自分の夫だなんて、なんだか信じられなくなってきた。
「どうした? ボーっとして」
「あの……その、大知さんの白衣姿初めて見たので……」
そう言えば大知はあっけらかんと「あー、そうだったな」と答えた。当の本人にしてみれば、私服よりよく着ているだろうし、なんてことはないのだろう。
「あ! 岩鬼先生だ」
そんなことを考えていると、小学校三年生くらいの男の子が大知の元に駆け寄ってくるのが見えた。大知もすぐに気がつき、男の子に視線を合わせたまま、腰を屈める。
「久しぶりだな、理人くん」
「先生、僕プールで二十五メートル泳げるようなったんだよ」
「そうか。よく頑張ったな」
無邪気な笑顔で大知に話しかける男の子。おそらく、患者なのだろう。大知は嬉しそうに男の子と会話をしている。杏の知らない顔だった。
「岩鬼先生、その節はお世話になりました」
「理人くんのお母さん。いえ、元気になってなによりです」
四十代くらいの女性が近づいてきて、大知に深々と頭を下げる。