仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
しかも、ジャケットを床に放り、ブラウスのボタンを外しながら。
「伊東、これ以上失望させないでくれ」
止めるも、我を忘れたかのように、熱心に大知を見つめながら近づいてくる。
「私のほうがいい女だって、抱けばわかります」
「いい加減にしろ」
「どうして私じゃダメなんですか? 私なら、公私ともにお支えできます。一度抱けばわかります!」
大胆にブラウスを脱ぎさると、キャミソール姿で抱き着いて来ようとした。だが大知は、それをかわし、背後から落ちていたジャケットをかけた。
「どうして……っ、どうして私じゃダメなんですか」
嗚咽交じりの声が医局内に響く。彼女がこれまでどんな気持ちでいたか想像すると、少しは胸が痛む。誤解させるような行動をしていたのなら、申し訳ないが、だからといって杏以外の女性に優しくするつもりはない。
「ずっと好きだったのに……。だいたい仮面夫婦だったんじゃないの。離婚間際だったくせに。それなのに急に早く帰りだしたり、手作りのお弁当もってきたり……。悔しい。どうして私じゃないの」
オイオイと嗚咽を上げながら、閑はその場に崩れ落ちた。
手を差し伸べてもらえるのを待っているのかもしれないが、同情の余地はない。それに、とことん冷たくしたほうが諦めもつく。
「悪いが、俺は妻を愛してる。別れる気はない」
低い声で諭すように告げると、閑はさらに泣き出した。ひどいと思われようが、それでもいい。杏のためなら、鬼にもなれる。だから大知は敢えて口にしたのだ。