仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


「杏!」

 自宅に戻ると、杏の名前を叫びながら玄関の扉を開いた。だが中はシーンと静まり返っていて、電気もついていない。明らかにいないのがすぐにわかった。時刻はすでに七時をまわっている。

「くそ、どこに……」

 真っ暗な部屋の中で、キョロキョロとしながら杏の行きそうな場所を考える。

 友達の家か、それか実家……。人一倍、気づかい屋の杏のことだ。友人に心配をかけるようなことはしないだろう。そうなればやはり実家?

 大知は家を飛び出すと、再び車に乗り込んだ。

 どうしてこうなる前に、閑のことを止められなかったのか。もし、杏が本当に愛想をつかしてしまったらと思うと、悔やんでも悔やみきれない。

 明に怒られても仕方ないだろう。娘を返せと言われるかもしれない。だが、絶対にそれはできない。ハンドルを握る手に、ぐっと力がこもる。

(杏は、俺の大事な妻だ)

 二十分ほどで実家に着くと、車から降り病院を見上げた。ここにくるのは結納で訪れた以来。懐かしい記憶が一気に蘇る。杏は真っ赤な着物を着ていて、ずっと愛でていたいくらい可愛かった。



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