仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
大知にとって、最も不得意分野だが、杏を繋ぎとめるためには、たどたどしかろうが、臭かろうが、ハッキリと告げる必要がある。
それを証拠に、額には玉の汗が滲んでいる。顔つきは必死そのもの。
「チャンスをくれと言ったばかりなのにこんなことになってしまって、すまない。離婚届けは、俺が持ってる。秘書が出したと言ったのは、嘘だ。だから……」
そこまで言うと、杏が「大知さん」と、落ち着いた声で名を呼んだ。
「なんだ、杏。思っていること全部話してくれ。杏を取り戻すためならなんだってする」
身体を離し、杏を正面からとらえる。もう嫌いだ、信用できない。最低だと罵られる覚悟はできている。でも絶対に折れない覚悟も。
杏を見つめたままゴクリと息を呑むと、杏の口から予期せぬ言葉が出た。
「知ってましたよ」
「え?」
「離婚届け、出してないって。彼女が、嘘吐いてるって」
「知ってた? どういうことだ?」
杏の肩を掴み、揺さぶる。
「もしかして大知さん、私がショックを受けて、家を出て行ったって思ったんですか?」
「……違うのか?」