仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
頭から、一気に氷水をかけられたような気分だった。
大知は杏を望んでいたわけではない。上に立つためだけに、杏がたまたま選ばれただけ。
でも杏はすぐにそれもそうかと、くすっと笑ってしまった。
(何を勘違いしていたんだろう。大知さんのような素敵な男性が、私なんかを選ぶはずないのに)
拓郎の言葉に大知が何と返したかは聞いていない。聞くのが怖くて、そのまま走って逃げてしまった。でもきっと、拓郎に賛同したのだろう。
そう、すべては家の為、上に立つため。自分は駒に過ぎないのだ。
そんなお飾りの妻が、なんの役目も果たせなくなってしまったらお終い。
相手にとっては誤算だったかもしれないが、世間では男にとって離婚は勲章ともいわれている。自分なんかより、もっとふさわしい人と再婚するほうがいいに決まっている。
「杏、待ちなさい。勝手に決めるんじゃない。だいたいそれとこれとは……」
「お父さんだって、大学病院にいたとき、嫌ってほど感じてたんでしょ。派閥や家柄重視の狭い社会。一度道を踏み外せば、二度と這いあがれないところだって言ってたじゃない。大知さんには、迷惑かけたくないの。いずれあの病院を背負って、たくさんの人の命を救ってほしいから」
「だからって、別れることないだろ」