仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
鋭い眼光が杏を射抜く。半袖のシャツから覗く逞しい腕。そこに浮きあがった血管が、男っぽさをさらに演出している。鍛えられた大きな体躯をしているにもかかわらず、指先は繊細な動きをすると言われている。
大知を目の前にすると揺れそうになる。けれど、口の端にぐっと力を込め、無理やり引き上げた。
「昨日の件だけど」
杏の目の前にたどり着くと、大知は一瞬だけ目を泳がせ、口を開いた。
「杏は本気なのか?」
「はい」
「そうか、わかった。辛い想いをさせて悪かった。杏が望むこと、全部叶えるつもりだ。どんな条件でも飲む。遠慮なく言ってほしい」
まさか大知の口から謝罪の言葉が出てくるとは思わず、杏は目を丸め固まっている。
欲しい物なんてなにもない。ただ大知に愛されたかった。妻として必要とされたかった。ただそれだけだ。
(今、そう告げたらどんな顔をするだろう? 困りますか?)
心の中で届けるつもりのない思いを、何度もつぶやく。
「食事はしたか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ食べながら、少し話そう」
大知はおいでと手招くと、ダイニングテーブル杏を促す。
一緒に食事……。いつぶりだろう。