仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


 これまで研修や試験、遊ぶ間もなくそれらに時間を費やしてきた。できれば、ちゃんと就職して明を安心させたい。ただでさえ心配させているのだから。

「臨床心理士の就職先は難しいと聞くが、大丈夫そうなのか?」
「え? どうしてそれを……」

 そこまで言って、ハッと口を噤んだ。業種は違うが、彼は医療従事者の大先輩。そのくらいの情報、知ってて当然か。

 けれど、大知は予想外のことを口にした。

「結婚する前、杏が目指してる職業についていろいろ調べたんだ」
「そう、だったんですね」
「自分の妻のことだ。知ってて当然だろう」

 そう言うと、目を伏せワインを一口含んだ。その目元には、長いまつげが揺れていて、まるで筆で描いたようだ。

 大知は少し口下手で、考えていることが顔に出ないタイプ。つまり、かなりわかり辛い。でも今、ほんの少しだけれど、彼の心に、気持ちに触れられた気がして、杏は嬉しかった。

「もしこの先、困ったことがあれば遠慮なく相談してほしい。もう別れるといっても一度繋がった縁だ。これでさよなら、なんてことにはしたくない」
「大知さん……」
「俺は一度つながった縁に、別れはないと思ってる」

 まさかそんな言葉が飛び出してくるとは想像していなかった。


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