仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
「……大知さんも、お体に気を付けて」
大知をとらえたまま、ニコリと微笑む。こうしている今でも、大知が好きだと感じる。出会ったあの日から変わらず。実家の病院のことも、本当は話すべきなのかもしれない。
でも、それを伝えたところでどうなる? 愛がないことには変わりない。いらない心配をかけたくないんだ。
「ほら、食べて。冷えるぞ」
「はい」
それから二人で食事をしながら他愛もない話をしていた。学校のことや、友達のこと。お互いの好きな食べや、動物のことなど、教え合った。
大知とこんなふうに話すのは恐らく初めてで、離婚すると決まってから打ち解け合うなんてなんだか皮肉なものだ。
でもいがみ合って別れるわけではないのだから、幸せなことかもしれない。世の中には憎しみあって、別れる夫婦もいると聞いている。
それに大知が言うように、一度結ばれた縁に別れはないというのなら、きっと大知とは、これからも見えない糸で繋がっていられるはず。そう思うと、少し寂しさが和らいだ。
「明日も早いんじゃないですか? そろそろ片付けますね」
言いながらグラスやお皿を下げ、シンクに溜まった食器類を洗い始めた。
時計は、午後十一時をまわっている。どうやら何時間もこうやって話をしていたらしい。時間が溶けるみたいに早く進んだ。
「貸して、俺が洗うよ」
「ひゃっ」
ぼんやりしていると、背後から声をかけられ、体がびくっと竦んだ。
「す、すみません。変な声出して」
「いや、俺のほうこそ急に近づいて悪かった」
杏の反応が予想外だったのか、大知は身の置き所がないかのように、焦っている。
(大知さんの息が耳にかかって、ぞくっとした。なんだか恥ずかしい……)