仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
「どうしてそんな大事なこと話さないのよ。ダメだよ、ちゃんと言わなきゃ」
「わざわざ言う必要ないよ。だって、どちらにせよ愛はないんだし。大知さんにとっては、家のためだけの結婚だもん」
悲しい気持ちを隠すようにへへっと笑うと、突如目の前から、ドンッと激しい音がした。見れば清香がテーブルを叩いていたのだ。
「清……香ちゃん?」
「杏はもっとがつがつしなきゃ。欲しい物はほしいって言わないとダメなんだからね。なにか変わるかもしれないじゃない」
興奮する清香の眼下で、パチパチと瞬きを速める。どれも図星すぎて反論の余地もない。
確かに清香の言う通りだ。杏は自分の気持ちを押し殺している。足かせになりたくないから、迷惑かけたくないからと、言うべきことを伝えていない。昔から大知が好きだとも。
「って、ごめん。人の家庭のことなのに、偉そうなこと言っちゃって……。でも杏には後悔してほしくないから」
「ありがとう、清香ちゃん。考えてみる」
ちゃんと伝えないといけないことはわかっている。
『困ったことがあれば遠慮なく相談してほしい。もう別れるといっても一度繋がった縁だ。これでさよなら、なんてことにはしたくない』
大知は誠実に向き合ってくれたのだから。
でも落ちぶれ た妻はいらないと、はっきり言われるかもしれない。彼から拒絶されたら、今度は本気で立ち直れない。頭ではわかっていても、勇気が出ないのだ。