仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
「本当に大丈夫ですから」
杏は慌てて後ずさった。聴診器なんて当てられたら、ドキドキしているのがバレてしまう。それに、汗だってかいているし、下着だって……。
「杏の体は隅々まで見た。今さら照れる必要ないだろ」
「なっ……!」
なんの前触れもなく不埒は発言をされ、杏の顔はさらに顔が熱くなる。しかも狼狽える杏を見て、ちょっと楽し気に口元を歪ませているし。
「もう少しこっちにきて」
言いながら手招く。
ここは潔く脱ぐべきなのか。大知は医者の立場で言っているだけで、よこしまな気持ちはないはず。意識しすぎて躊躇っている方が、恥ずかしいのでは……。
覚悟を決め、そっと胸のボタンに手をかけると、大知がぷっと噴き出した。
「勘違いさせて悪いが、プライベートまで聴診器を持ち歩くほど、仕事中毒ではない。喉を見る程度だ」
「そ、それならそう言ってください!」
涙目で抗議すると、大知はさらに愉快そうに笑い始めた。
(大知さんの意地悪……。私の覚悟はいったい)
恥ずかしそうに口を尖らせる。その傍らで大知は楽し気だ。
「まぁ、俺にも少なからず責任があるからな。だから大人しく診せてくれ」
「あ、あの……やっぱり、初めてだと熱が出るのでしょうか」
そこまで言って、しまったと我に返る。
(私ったら、なんてことを……!)
おそるおそる、大知を見やる。だが大知は平然としていて、少し考えた末に淡々とした口調で答えた。
「粘膜と粘膜のこすり合いだから、絶対にないとは言い切れない」
「ね、粘膜……! こすり合い!」
なんだかひどくいやらしい。杏の顔は熱も相まって、真っ赤だ。自分で聞いて照れて、消沈するなんて、本当に世話ない。