仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
「ほら、ちょっと口を開けろ」
「は、はい……」
そんな杏とは裏腹に、大知は全く動じることなく、医師の顔を向ける。
言われるがまま、あーんと口を開ければ、大知が真剣な眼差しで喉の奥を見てくれた。
「咽頭鏡がないから見えづらいが、少し赤くなってる」
「そうですか……」
その後も首のリンパを触ったり、脈を測ったりしてくれ、診察はものの数分で終了。結果、風邪だろうという診断だった。
好きな人に診てもらうのは、なんだか妙に照れくさかったが、幼い頃の夢が叶った。大知はそんなこと、覚えていないだろうけど。
「あの。ありがとうございました」
「礼には及ばない。いつか杏を診察するって約束だったしな」
「え?」
その発言に、ハッと顔を上げる。
「もしかして、覚えていたんですか?」
「当たり前だろ。俺はあの杏の言葉で、医者になろうって決めたんだから」
「そうなんですか?」
まさかの返答に、じわりと目頭が熱くなる。全然知らなかった。大知がそんなふうに想っていたなんて。
「おいおい、どうした、何泣いてる」
「す、すみません。ただ嬉しくて……」
言葉にしたら、余計に涙腺が緩んでくる。そんな杏の頭を、大知がぽんと優しく撫でた。