仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
「黒瀬。お前のその口調はどうにかならないのか? 一気に気が抜ける」
「それってつまり、俺が癒し系ってことっすか? やった、岩鬼先生に褒められた!」
「褒めてない」
「え? 褒めたんじゃないんすか? じゃあどういう意味っすか?」
オペ後とは思えないテンションの高さで、ぴょこぴょこと付いてくる。
「岩鬼先生、聞いてます?」
「どうやらお前の口は壊れているようだな。今度縫いつけてやろう」
諦めたかのように、視線を振り切り、サージカルキャップを外す。こんなふうだから、今も学生に間違われるのだろう。だが裏表がなく、変に媚びたりよいしょしたりしないのは、黒瀬の長所ともいえる。
「岩鬼先生、ちょうどお昼ですし。飯行きませんか?」
ずるずると麺をすするような仕草をしながら、大知の前に回り込む。壁にかけられた時計を見れば、針は十二字時半を指していた。
「悪い。今日はやめておく」
「あ、親父さんと予定ありです?」
当たり前のように言われ「は?」と思わず野太い声が出た。
「なんで親父がでてくるんだ」
「だってオペに入る前、院内で会ったので。てっきり岩鬼先生に用事があってきたのかと」
大知は首を傾げた。来ることも知らなければ、全く心当たりがない。
拓郎はメディアに出ることもあり、スタッフのほとんどが拓郎の顔を知っている。だが、病院に顔を出すことは滅多にない。定期薬もいつも秘書がとりにくるし、いったいなんの用だろう。
不思議に思っていると、黒瀬が「あー!」と、大袈裟に手を叩いた。
「じゃあもしかして、今日はあの可愛い奥さんの愛妻弁当とかですか? いいなぁ、杏ちゃん、可愛いですよね」
「誰が杏ちゃんだ。人の妻の名を気安く呼ぶな」
ぎろっと睨まれ、へへっと肩をすくませる。このくだりももう何度目かわからない。叱られても、懲りないやつなのだ。