仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
医局に戻ると、杏が持たせてくれたお弁当をデスクの上に広げる。スープポットを開ければ、ふわっと味噌汁のいい香りがした。今朝のことを思いだし、自然と顔がほころんでいるが、本人に自覚はない。
周囲にいた同僚医師らから、いったいなにごとだと、ひそひそと噂されているが、それすら聞こえていない様子。頭の中は杏でいっぱいなのだ。
「岩鬼先生、これ、この前頼まれていた資料です。ここ、置いておきますね」
背後から声をかけてきたのは閑だ。
「あぁ、ありがとう」
「お弁当ですか? 珍しいですね」
おにぎりを頬張りる大知を、物珍しそうな顔で見ている。
「まぁ」
照れ臭そうに返事をすると、もらった資料に目を落とした。例え食事中でも勉強や情報収集を怠らないのが大知だ。
それに今日は早く帰ると宣言した。杏を振り向かせるためには、物理的な距離から埋める必要もある。家でできる仕事は持って帰って、十八時にはここを出よう。
「岩鬼先生、なんだか雰囲気変わりましたね。早く帰ることも増えましたし。何か心境の変化でもあったんですか?」
閑の言葉に、きまり悪そうに顔を上げる。