仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
杏は目を大きく見開き驚いている。大知からそんな言葉が飛び出すなんて思いもしなかったのだろう。
「杏……?」
「あ、すみません。ちょっとビックリして。あの、それは岩鬼家のために挽回したいってことですか?」
「何を言ってる。家は関係ない。ただ杏と一緒にいたいだけだ」
語気が荒ぶる。確かに、大知と杏は政略結婚したようなもの。でもまさか杏から家のことを言われるとは思いもしなかった。
すると「嬉しいです」という蚊の鳴くような小さな声が大知の耳に届いた。大知は思わず腰を浮かせ、前のめりになる。
「つまり、それはチャンスをくれるということか?」
「そんな、チャンスだなんておこがましいです。大知さんにそんなふうに言ってもらえて光栄です」
感極まったかのように、鼻をこする。そして泣きそうな笑顔で大知を見た。
「私はずっと、大知さんのことが好きでしたので」
「……っ」
知らなかった。てっきり、自分だけが杏に想いを寄せていたと思っていた。
「じゃあ、この前こんな結婚生活、無理だと言ったのは……」
「それは、一緒にいても一人ぽっちみたいで寂しかったからで。それに、夫婦生活だってなかったから」
「……まぁ、杏の気持ちが俺にないのに、手を出すわけにはいかないと、自制してだな」
大知はばつが悪そうに、口元をもごもごとさせている。