仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
「私のため?」
「杏と一緒にいたいから、開業したんだろ。開院パーティーの日、お義父さん言ってた。杏には不憫な想いはさせたくない。自分がしっかり育て上げるって」
「……そうだったんですね、全然知らなかった」
そう言われて、途端に腑に落ちた。派閥や、狭い世界が嫌だったからと当初は言っていたが、本当は母親を亡くした杏の傍にいるためだったんだ。
大学病院に勤めていては、おそらく留守番ばかりで、一人で過ごすことが多かったに違いない。当時は自分のことで精一杯で、そんなこと考えもしなかった。
あの開院パーティーだって、つまらなくて明を恨んだりもした。こんなことして何の意味があるのかって。まだ幼かったから無理もないが、おそらく顔に出ていたと思う。でもどれも杏の為だったのだ。
今さらだが、明の優しさがじんわりと胸に染みた。なおさら、あの病院を潰したくない想いが強くなった。
「そういえばあの時、一緒に鯉見たの、覚えてる?」
「もちろんです! 大知さんこそ覚えてたんですね!」
かぶせぎみに返答すると、大知がクスっと笑った。
「もちろん覚えてる。危なっかしくて放っておけなかったからつい、声をかけてしまった」
「あの時、教えてくれましたよね。魚も人の顔を見分けることができるって」
「あぁ言った」
杏は大知に教えてもらったことを、学校で試していた。小五の時だ。教室で飼っているメダカに、餌をくれる人とくれない人を覚えさせ、実験していたのだ。