Dear my girl
* * *
やっと全ての筆記テストが終わり、沙也子は燃え尽きたとばかりに机に突っ伏した。
あとは明日、レポート試験の科目にきちんと提出すれば、名実ともに夏休みである。こちらはすでに仕上げてあるので、早くも達成感でいっぱいだった。
安心した途端、急激にお腹が空いてくる。
高校の頃は、テストが終われば、律と甘いものをしこたま食べて労い合っていた。
(バイトだって言ってたなあ。遊びに行こうかな)
疲れた脳が、あのボリュームたっぷりの『ファニートラップ☆パンケーキ』を欲している。
一孝は前期試験の打ち上げで不在なので、ちょうどいいと思えた。
(クラコンか……)
市村の可愛らしい微笑みが脳裏に浮かぶ。
沙也子は思考を散らすように、ぶんぶんと頭を振った。
筆記用具をトートバッグにしまっていると、隣に座っていた女子が声をかけてきた。
「谷口さん、お互いお疲れ! ね、このあと暇だったら、ご飯食べに行かない?」
同じクラスの田中という女子だった。講義がかぶっていることが多く、たびたび話す事はあっても、一緒にお茶したことすらなかった。
いい機会かもしれない。パンケーキは今度にするとして、沙也子はにっこりと頷いた。
「うん、行く」
田中とテストの内容について語り合い、向かった先は、カジュアルなイタリアンレストランだった。
店内でいきなり一孝の背中を見つけて、沙也子はぎょっとした。
(このお店だったんだ……)
大学近くにある店なので、他にも個別に同じ大学らしき学生が何人も来ている。
バッティングしても不思議ではないのだが、今日に限ってと心が重くなった。
親睦会は20人ほどだろうか。店内の奥が団体席となっていて、テストが終わった解放感もあり、みんな盛り上がっているようだった。一孝の隣には市村という女子が座っていて、しきりに彼に話しかけている。
最悪なタイミングで来てしまったが、店員が団体席から一番離れたテーブルを案内してくれたのでホッとした。
できれば見つかりたくはない。
沙也子は団体席に背を向けて座った。
お水をもらい、メニューを広げたところで、田中が朗らかに言った。
「実はもう一人来るんだ。……あ、来た来た!」
「え?」
彼女が笑顔で手を振る方を見てみれば、あの友達になりたいと言ってきた男子だったので驚いた。
そこで、テーブルに置いた田中のスマホが震え、彼女は顔をしかめた。
「やばっ バイト先からだ! ごめん、ちょっと出てくる」
スマホを手に席を立ち、化粧室の方へ走って行った。
男子は気まずげな笑みを浮かべ、沙也子の向かいに腰を下ろした。
「ごめん、いきなり。田中は友達でさ。俺が谷口さんと話したいって頼んだんだ。それで、ご飯食べに行こうってことになって」
「そうだったんだ……」
困惑していた沙也子だったが、どうにか状況がつかめた。
先に言っておいてほしかったけれど、田中に悪気はまったくなかったらしい。恋愛の話などしたことがないので、一孝とのことを知らなくてもおかしくなかった。
ここははっきり言わなければと思い、沙也子は軽く息を吸い込んだ。