Dear my girl
放課後、職員室から教室に戻る途中、校内放送が鳴った。
外線電話を取り次ぐ内容であり、近くを歩いていた教師が「やべ、忘れてた」と反応した。
「ちょっと……きみ! 申し訳ないけど、これ社会科教材室に置いておいてくれない?」
教師は有無を言わさない様子で、沙也子にどさどさとノートの束を持たせた。けっこうな量だ。
「あの、それってどこに、」
「ほんと悪いね! 急ぐから!」
教師は慌ただしく走って行ってしまった。「せんせー、廊下走っちゃだめだよ」と笑われている。
沙也子はとりあえず、抱えたノートたちを見つめた。
(社会科教材室ってどこ……)
校内案内図を探すか、それとももう一度職員室に戻るか。迷っていると、肩をぽんと叩かれた。
「やっほー、お困り?」
「あ……、涼元くんの……」
「黒川。黒川蒼介」
あのチャラい男子――黒川は、軽そうな笑みを浮かべてピアスをいじっている。どうやら癖のようだ。
「谷口沙也子です」
「知ってる。ノート持ってあげましょーか?」
申し出だけ聞くと善意なのだが、どことなく含みを感じてしまう。元より持ってもらうつもりはないので、沙也子は首を振った。
「ううん、社会科教材室の場所だけ教えてくれるかな。校内、まだ分かってないとこあって」
黒川はぱちっと瞬いた。しばらく沙也子を眺めた後、親指で方向を示した。
「こっち。けど、説明しにくいから一緒に行くよ」
「ありがとう。助かります」
しばらく並んで歩きながら、沙也子は横目で黒川を窺った。ポケットに手を入れ、ダルそうに歩いている。
特に何を話すでもなく、沈黙がやけに重い。でも気を遣って話す気にはなれなかった。そのまま黙っていると、黒川が口を開いた。
「さっきさ、肩たたいたとき、涼元だと思った?」
「思わなかったよ。どうして」
「ふーん。別に」
いったい何が言いたいのかさっぱり分からないが、ひとつ分かったことがある。彼は沙也子にいい印象を持っていない。
それはお互い様なので(むしろこっちの方が!)、特に何も思わない。早く教材室に着かないかなということだけだ。
ついていくままに階段を昇ると、やっと社会科教材室のプレートが見えた。
「ありがとう、もう大丈夫」
「両手塞がってちゃ、開けられないっしょ」
わざわざドアを開けてくれたので、少々面食らった。
(思ったより嫌な人ではないのかも……?)
お礼を言って中に入る。本棚に囲まれた中央には職員用の机があり、たくさんの書籍や筒状の地図、地球儀などが所狭しと置いてある。沙也子は比較的空いている机の上にノートを置いた。
そして、振り向いて――ギクリとした。
すぐ後ろには黒川が立っていて、沙也子を囲うようにして机に手をついた。入口は黒川の背後で、ドアは閉まっている。
沙也子は平静を装って、黒川を見据えた。
「なに?」
「分からないなあと思って。けっこうチョロい涼元にもがっかりっていうか」
「さっきから何を言ってるのか分からない」
「震えちゃって、かーわいい。か弱いふりして、涼元にも擦り寄った?」
胸がぎゅっと痛んだ。
沙也子が一番気をつけていることを、容赦なく引っ掻かれた気分だった。