Dear my girl

15.


(このタイミングかよ……)

 涼元一孝は、ベッドの中でため息をついた。
 吐く息は熱く、身体がひどく重だるい。頭の芯がズキズキと脈打ち、この頭痛のせいで目が覚めたのだと思う。これはかなり熱がありそうだった。

 認識した途端、頭どころか、あらゆる関節が鈍く痛んだ。スマホを確認すると、午前5時過ぎ。
 
 沙也子に体調不良で朝食はいらないとメールをすると、案の定、頭を打って鼻血を出したことや料理が原因かと気に病んだメールが返ってきた。
 鼻血……頼むから忘れてほしい。

 ふだんはほとんど風邪などひかないのに、昔から年に一度は高熱を出すことがある。
 ひたすら眠って汗をかけば治るので、毎年「ああ、またか」くらいにしか思わないのだが、今回は間が悪かった。
 心配はいらないと返信したところで、一孝は目を閉じる。もう瞼を開けているのも億劫だった。
 今日は幸い振替休日だ。バイトも入れていないし、とことん寝倒すことに決めた。


 朦朧としながらも、浮かぶのは沙也子のことばかりだった。

 沙也子はいつだって一孝の斜め上を行く。普通カボチャの被り物なんてしてるとは思わないだろう。気づくことができたのが奇跡的だった。

 すぐに足の手当てをしなければと、彼女が怯えると分かっていても抱き上げた。それなのに、沙也子は一孝だから気持ち悪くないと言った。

 鼻血が出るほど、めちゃめちゃ可愛いコスプレだった。先日食堂で話していた沙也子たちの会話が脳裏をよぎり、膝枕をされて胸が近くなった時にはかなりヤバかった。
 鼻の粘膜とは鍛えられるのだろうか……そんなことが気になった。熱が下がったら調べてみよう。


 熱で思考能力の低下を感じながら、一孝はさらに沙也子のことを考える。
 

 コスプレよりもっと衝撃的だったのは、沙也子が一孝にプレゼントを用意していたことだ。Tシャツだけでも感動ものなのに、キーホルダーまで。さらに来年の約束まで……。本当に昇天するかと思った。

(鍵にキーホルダーつけてないとか、けっこうよく見てるんだな……)

 そして、昨日は夕食を奮発し、ケーキも用意してくれた。

 初めのころなど、一緒に登下校するのも嫌がっていたのに、最近は校内でも避けられなくなった。(じわじわとなし崩し的にそうなるよう持っていったのだが。)

 一孝は意識が混濁しながらも、なぜこのタイミングで寝込んだのか、理解しつつあった。
 まったくもって不甲斐ないが、つまるところ、感動のキャパオーバーである。

(ダサすぎるだろ……)

 嬉しいことがあるたび、いちいち寝込んでなどいられない。いつだって沙也子を守れる自分でいたい。
 慣れなければ……と思いながら、いつしか深く眠り込んでいた。



 一孝の目の前で、小さな女の子が泣いている。
 茶色のおかっぱ頭。出会った頃の沙也子だ。そう気づいた途端、子供はあっという間に成長し、今の沙也子になった。

 辛そうな顔をしていたのに、こちらに気づくと、パッと笑顔になる。

 一孝は沙也子の涙を、あの迷子になった時の一度きりしか見たことがない。怪我をしても体調が悪くても、まず気にするのは周りのことばかりだった。


 もっと頼ってほしい。安心して泣ける場所を与えてあげたい。それが、自分の腕の中ならいいのに。

 もう、どこにも行かないで。


 そう思ったら、たまらなくなった。
 夢の中ならいいかと、彼女を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。

(沙也子……)

 甘い香りに包まれ、吸い込むと、あらゆる痛みが和らいでいくようだった。
 やわらかくて、あたたかい。癒される……。

(……やわらかい?)

 感触がやけにリアルで、一孝は目を開けた。
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