夫の一番にはなれない


胸がざわつく。


俺は、奈那子の「夫」だ。

でも、それは“契約”で成り立った関係であって、恋愛感情を口にしたことはまだ、一度もない。


心のどこかで、いつかは終わると思っていた。

だから、「好き」と伝えることに臆病になっていた。


けれど、最近の奈那子は確実に変わってきていた。

俺の言葉に嬉しそうに笑い、俺の帰りを待って、手料理まで用意してくれる。


まるで本当の夫婦みたいに。

それがうれしかった。幸せだった。

この関係を、終わらせたくないと思うようになった。



だけど――

その数日後、まるで追い打ちをかけるように、奈那子と“彼”が会っているのを目撃してしまった。


買い物帰りの駅前モール。

ちょうど帰り道に通ったフロアで、目に飛び込んできたのは、見覚えのある背中だった。


奈那子と、知らない男。

いや、すぐにわかった。元カレだ。


彼女の声は聞こえない。

けれど、あの空気感。笑顔。軽くうなずく仕草。


親しい人と交わすような自然な会話。

それを見ただけで、心臓が大きく脈を打った。


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