夫の一番にはなれない
第9章 本音の先で
朝の空気が、少しずつ冷たさを帯びてきたこの頃
季節の変化とともに、わたしたちの距離もまた、微妙に揺れ動いているように感じられた。
「いってきます」と口にした來の声は、以前とまったく変わらないはずなのに、どういうわけか今朝は、少しだけ遠くから聞こえた気がした。
わたしも同じように「いってらっしゃい」と返したけれど、その言葉にはどこか力が入らず、わずかに間延びした声色が自分でも気になった。
閉まった玄関の向こうで、來の足音がだんだんと小さくなっていくのを聞きながら、胸の奥に広がる静かなざわつきが止まらなかった。
たぶん、その正体ははっきりしている。
きっかけは、あの日――望と偶然再会した、あの日のこと。
來には隠さなかったし、ちゃんと話した。
でも、來はそれを聞いたあと、「そうか」と一言だけ呟いたきり、何も言葉を返さなかった。
怒っている様子もなければ、詮索する素振りも見せなかった來の態度に、わたしは逆にどう反応すればよいのか分からなくなってしまった。
一見、何も変わっていないように見える彼の穏やかな声や、変わらぬ日常のやりとりが、今はなぜか冷たく響いて胸に染みてくる。