夫の一番にはなれない
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「奈那子先生、最近どう?夫婦生活は順調?」
昼休み。
給湯室で湯を注いでいたとき、背後から飛んできた軽やかな声に、わたしは思わず手元のカップを少し揺らしてしまった。
振り返ると、にこにことお茶を片手に立っていたのは、3年の担任をしている神崎先生だった。
彼女とは特別仲が良いわけではないけれど、同年代の女性教師として何かと話題を振られることが多い。
「え……ああ、まあ、うん。順調……かな」
とっさに返したその言葉は、たしかにわたしの口から出たのに、どこかよその誰かのものみたいだった。
「そっか、よかった。滝川先生、最近ちょっと疲れてそうだったからさ」
「そう、見えた?」
「うん。職員室でもあまり話さなくなったし……あ、でも心配しすぎか。ごめんごめん」
そう言って、神崎先生はお茶をすすりながら軽く手を振って去っていったけれど、わたしの胸には、その一言がずしりと残っていた。
“順調”って、なんだろう。
一緒に食事をして、一緒に暮らして、誕生日にはケーキも買ってきてくれて。
それは間違いなく“幸せ”の形の一つだと、あの日までは思っていた。