夫の一番にはなれない


食後、わたしが食器を片付けようとすると、來がすっと立ち上がって「手伝う」と言った。

こんな風に申し出てくれるのも珍しくて、思わず「いいの?」と聞いてしまった。


「俺もやるよ。夫婦なんだから」


夫婦――

その言葉が、胸の奥で小さく響いた。


まだわたしたちは、「好き」という気持ちの確認もできていない。

それでも、來はちゃんと「夫婦」として振る舞おうとしてくれている。


それが、うれしくて、でも、どこか怖くて。

本当にこれでいいのか、このまま流されてしまっていいのか、そんな迷いが消えないままだった。


「じゃあ、先に出るね」


來がスーツのジャケットを羽織りながら言う。


「うん、いってらっしゃい」

「奈那子も、無理すんなよ」

「……ありがと」


玄関のドアが閉まったあと、部屋には静寂だけが残った。

わたしは、洗い終わった食器を拭きながら、自分の手の震えに気づいた。


――來は、どう思ってるんだろう。

あの夜を、どんな気持ちで受け止めているのだろう。


もしかしたら、わたしのことを、まだ演技で続けているだけだと思っているかもしれない。

それとも、わたしの表情ひとつで、勘違いしてしまっているかもしれない。


不安が、また胸に影を落とす。


でも、それでも――

わたしは、もう離れたくないと思ってしまっている。


それが、今のわたしの「答え」だった。


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