秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
(画廊に帰りたいな……)
 いまの榛名画廊ではなく、祖父と伯父が健在だったころのあの場所に。子どもの頃からつらいときや悩んだときはいつも画廊に行った。
 祖父の絵に囲まれていると、不思議と頭がクリアになって進むべき道が見えてくるのだ。でも、琢磨の画廊にそのパワーはない。
(今の画廊を守る意味が……本当にあるのかな)
 そんなふうに考えてしまうのは、自分の恋を優先させたいだけのエゴなのだろうか。

 モヤモヤを抱えたまま、大河内の屋敷に帰宅した。志弦とも昴とも顔を合わせたくなくて、そそくさと自室に逃げ込む。
「ただいま、ウタ」
 部屋の隅で丸まっている彼に声をかけて、コートを脱ぐ。今夜はシャワーを浴びる元気もない。もうパジャマに着替えて眠ってしまおうか。そんなふうに考えて、衣装箪笥の前に座り、ハイネックの黒いニットを脱いだ。キャミソール一枚になった肌に冷たい空気が触れる。その瞬間、カタンと小さな物音がして部屋の襖が開いた。

「ウタ?」
 彼が部屋を出ていこうとしているのかと思い振り返る。が、開いた襖の間にいた人物に清香は瞠目する。
「す、昴さん?」
 大急ぎで脱ぎ捨てたニットをたぐり寄せて前を隠す。ノックもせずに部屋を開けるなんてという不満が顔に出ていたのだろう。彼は外国人がするように、両手をあげて肩をすくめる。
「そんな怒んないでよ。俺たち夫婦になるんだからさ」
「ですがっ」
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