秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 自分のためにも志弦のためにもそのほうがいい。頭ではそう思うのに、全身が悲鳴をあげていた。耐えられない嫌悪感に吐き気を覚える。
「いやっ」
 パンと乾いた音が響く。無意識のうちに昴の頬を平手打ちしてしまったようだ。彼は驚きに目を白黒させている。

「ご、ごめんなさい。殴るつもりでは……」
 そう言いながらも、清香はすばやく身体を起こし彼の腕をすり抜けた。一刻も早くここから逃げたかった。これ以上、彼に触れられるのはごめんだ。
 あられもない格好をしていることも忘れて部屋を飛び出そうとする清香の背に、昴はいまいましげに吐き捨てた。
「はぁ~、興醒めもいいとこ。やっぱ、あんたは花嫁失格。もう出てけよ」

 それには返事をせず、パタパタと廊下を駆けた。
むきだしの肩や腕にひやりと冷たい風が当たるが、特に気にもならない。どこに向かったらいいのかわからぬままに清香は進んでいた。
「清香!」
 ぐいっと後ろから強く腕を引かれる。涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげると、困惑しきった表情の志弦がそこにいた。

「あ、志弦さん……その」
 昴に襲われかけたと言うわけにもいかず、口ごもる。彼は自分の着ていたスーツのジャケットを脱ぐと、清香の肩に手早くかけた。
「とりあえず、こっちへ。廊下は冷える」
 優しく、でも有無を言わせない強い手つきで清香の肩を抱き、自分の部屋に招き入れた。
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