秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
『もう、馬鹿ね! 名刺でも渡して、返却のときはここに連絡してくださいって言いなさいよ』
 茉莉の説教が聞こえてくる気がした。でも、下心があるからこそ、かえって意識してしまうのだ。それに、彼はどう見てもモテそうだ。傘が口実なことくらい、簡単に見透かされてしまう気がした。

「あぁ、ありがとうございます」
 柔らかく、涼しげな、想像したとおりの声だった。
(ついに、声を聞けた!)
 ただそれだけで、清香の胸は感動に震える。
「でも、大丈夫」
 傘を持つ清香の手にひと回り大きな彼の手が添えられる。
(わぁ、手が……)
 触れ合った手から彼の体温が流れてくる。ドキドキして、視線が定まらない。なにも言わずとも、恋心が彼に伝わってしまいそうだ。

 彼は傘を清香の頭上に戻した。
「君がぬれてしまうほうが困るな」
 色っぽい低音ボイスが清香の耳をくすぐる。鼓動はどんどんスピードを増していき、心臓が痛いほど。
「えっと、私はここの職員なんです。だから、置き傘も持っているので」
 遠慮しないでほしいと伝えたつもりだった。彼はくすりと笑って、上質そうな革のカバンから折り畳み傘を取り出す。
「雨宿りをしていたわけではないんだ。それから……君がここで働いていることも知ってる」
 親しげなほほ笑みなのに、どこかミステリアスで、目も心も強烈に引き寄せられる。
(ダメ。深みにはまってしまいそう)
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