秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 ふと祖父の口癖を思い出した。榛名清栄は山を描く画家だった。富士山、穂高連峰、御岳山。目の前にしたときのあの凄みを絵にしたくて画家になったが、到底無理だなぁと、作品を書きあげるたびに悔しそうにこぼしていた。

「ある画家の言葉なんですけど」
 そう前置きして、清香は祖父の言葉をつぶやく。
「自然は神そのものだからな。もともと芸術は神に近づくための行為だった」
「そうですね。神さまにはかなわないってことなのかな」
 祖父がうなずいている姿が目に浮かんだ。
「どんなに焦がれても、絶対に届かない。芸術とはそういうものなんだろう」
 胸の奥がチクリとした。彼の横顔を切なく見つめる。
(どんなに焦がれても、届かない。私たちの関係みたいだな)

 しばしの沈黙が流れたのちに、彼が口を開いた。
 低く、艶めいた声。ふたりを包む空気が急に濃密になる。
「このあとは……どうする? 目的地がホテルだと言ったことは嘘ではないんだが」
 強い瞳が清香をとらえて、逃がすまいとする。彼の手が清香の頬に添えられた。耳元から首筋へくすぐるようにすべっていく。

「爽やかデートで終わりにしておくか、大人のデートにするか、君が決めていい」
 ドクンドクンと、心臓が張り裂けそうなほど大きな音を立てている。大胆なところが魅力的だと彼が言ってくれた。だから、勇気を出すことができた。
「お、大人のデートをお願いします!」
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