秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
「あの、昴さんにご挨拶はできるのでしょうか?」
 縁談相手であるはずの彼とはいまだに会ったことも電話で会話をしたこともない。今日はさすがに対面できるものと思っていたのだが、駒子の返事はそっけないものだった。
「昴さんはこちらにお住まいではありません」
「えぇ?」
「ご多忙な方ですから。普段は六本木のほうに」
 有名な、六本木駅前のタワーマンションの名を彼女は口にした。

「でも、ときどきはこちらにもいらっしゃるんですよね?」
 困惑しきった声で畳みかけるように尋ねたが、駒子はにべもない。
「さぁ。私にはわかりかねます」
(駒子さんの嫌がらせ? さっそく花嫁候補いびりが始まったんだろうか)
 一瞬そんなふうに思ったが、彼女の顔にそういう色はない。本当に知らないという顔だ。

 清香は思わず足を止め、愕然とその場に立ち尽くした。
(花嫁修業のはずなのに、夫となるはずの人に会うことも叶わないの?)
 さすがに少しばかり同情したのか、駒子もこちらを振り返り、いくらか人間らしい声音で続けた。
「大河内家の皆さまは本当にお忙しいのです。ここに住んでいる人間は、私を含めた数名の使用人と……それから」

 そのとき、この屋敷には似合わない明るい声が届いた。
「駒子さ~ん!」
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