秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 ふたりを追いかけるように、長い廊下を女性が駆けてくる。駒子と違い、和服ではなく茶色のニットにジーンズという格好だ。年齢は清香より少し上、三十歳前後だろうか。
(誰だろう?)
 肩で息をしている彼女をまじまじと見つめてしまった。

 その視線を察したのか、彼女は軽い会釈と自己紹介をしてくれる。
「あっ、はじめまして。パート従業員の近藤です」
 彼女の〝普通っぽさ〟に自分でも滑稽に思うほど安堵してしまった。時代がかった屋敷、能面のような駒子、あまりにもリアリティがなくて、知らない世界に迷い込んだような気持ちになっていたのかもしれない。
「廊下は走らないようにといつも言っているでしょう、千佳さん」
 教師のような発言をする駒子も、千佳の前だといくらか人間らしく見える。
「ごめんなさい。でも、京都の大叔母さまからお電話で……駒子さんじゃないとわからないから、さっさと代われとすごい剣幕で」

 千佳は表情豊かだ。京都の大叔母さまがとても厄介な人物であることが、清香にも伝わる。駒子はやや迷うそぶりで千佳と清香の顔を順に見る。

「私なら大丈夫ですよ。部屋の場所さえ教えてもらえれば、自分で捜しますから」
 駒子にそう伝えると、彼女は申し訳ないと頭をさげ、部屋の場所を説明してくれる。
 突き当たりを右、そのあとはすぐ左、手前から三番目の部屋。その説明に清香はうなずく。
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