秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 大河内本家なのだから、志弦と顔を合わせてしまう可能性はあるかも。そのくらいは頭にあったが、こんなに早く出くわすとは想定外の事態だ。

 彼はゆっくりと近づいてくる。清香が手にしているボストンバッグを一瞥し、苦々しげに顔をゆがめた。清香の来訪理由を察したからだろう。
「忠告したのに、どうして来た?」
 怒気をはらんだ声音に下唇を強くかむ。
「……大河内家のみなさまと昴さんに好いてもらえるよう、精いっぱい努力します」
 今さらなにを。そう思われるのはわかっていても、こう言うしかなかった。

 志弦はぴくりと片眉をあげて、清香に吐き捨てる。
「――金目当てか。だとしても、ほかを当たったほうが身のためだぞ」
 瞳には侮蔑の色がにじんでいた。鋭い視線が清香の心臓をえぐる。顔を背けてしまいたい気持ちをなんとか抑えて、彼の目を見つめ返す。
(金目当て……)

「悪いことは言わない。今からでも――」
「そのとおりです。軽蔑されて当然だと思っています」
(それでも、私はここにいないといけない。その覚悟はしてきた)
 最低な自分を取り繕うことはしたくない。それがせめてもの矜持だった。

 清香があっさりと認めたことに驚いたのだろう。志弦は目を見開き、言いかけていた言葉をのみ込んだ。細く息を吐くと、清香のバッグに手を伸ばす。
「持つよ。部屋に案内する」
「大丈夫です。自分で行けますから」
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