花は今日も咲いているか。~子爵夫人の秘密の一夜~
エレナは驚いて声を上擦らせた。
ルドーは確かに、「トマは来月また来る」と言っていたのに。
「実は、ある貴族のお方にオレの腕を気に入って頂けて、専属でお屋敷に雇って頂けることになったんです。それがここから離れた場所なのでもう手伝いに来られないと、つい先日ルドーさんにお話をさせて頂いたところでした」
果たしてそれは、エレナがルドーから話を聞く前だったのか、後だったのか。
狼狽えるエレナに気付かぬ様子で、トマは言葉を続けた。
「今日は、ルドーさんが腰を打ったという話をたまたま知り合いの職人から聞いて……。それで明日一日だけでも手伝わせてくれって、オレが頼んだんです」
「……そうだったの」
「あと……、そうしたら、最後に、奥さまに会えるかも知れないと思ったから」
頬を赤くしてトマが囁く。
それを聞いたエレナは、一瞬で他の全てがどうでもよくなって胸を高鳴らせた。指の腹で、彼の手の甲をさするようにしながら、握る力を強める。熱い視線を向けると、どちらからともなく唇が重なった。唇を吸い、舌を吸い、角度を変え、何度も何度もキスをする。その隙間を縫うように、トマが囁いた。
「奥さま、どうか、オレと一緒に来て下さい。贅沢は出来ないかもしれませんが、庭師として腕も認められてきたし、きっと生活には困らないはずです。……オレ、絶対に奥さまを大切にします。幸せにします」
「トマ……」
エレナはこれ以上なく満ち足りた気持ちになって、頬に涙をこぼした。
想像してみる――、彼と共にいった未来を。
庭師としてどこかの貴族の家に働きに出る彼を、エレナは家であたたかい食事を作って待つ。彼のために洗濯をし、繕いものをし、家を整える。彼となら、もしかすると子供だって授かるかも知れない。
だがそこまで考えた所で、エレナはすっと頭の一部が冷えていくのを感じた。
エレナは少し沈黙し、視線を彷徨わせてから、再び口を開いた。
「……ねえ、トマ。あなたは、私のどこを好きになったの?」
互いの指を擦り合わせて遊びながら訊ねる。
トマは照れくさそうに指で頬をかきながら答えた。
「……手を」
「手?」
「奥さまの手を、とても綺麗だと思ったんです。奥さまのように綺麗な手をした女性を、オレは見たことがありません」
それは、彼に初めて会った時にも言われた言葉だ。
ルドーは確かに、「トマは来月また来る」と言っていたのに。
「実は、ある貴族のお方にオレの腕を気に入って頂けて、専属でお屋敷に雇って頂けることになったんです。それがここから離れた場所なのでもう手伝いに来られないと、つい先日ルドーさんにお話をさせて頂いたところでした」
果たしてそれは、エレナがルドーから話を聞く前だったのか、後だったのか。
狼狽えるエレナに気付かぬ様子で、トマは言葉を続けた。
「今日は、ルドーさんが腰を打ったという話をたまたま知り合いの職人から聞いて……。それで明日一日だけでも手伝わせてくれって、オレが頼んだんです」
「……そうだったの」
「あと……、そうしたら、最後に、奥さまに会えるかも知れないと思ったから」
頬を赤くしてトマが囁く。
それを聞いたエレナは、一瞬で他の全てがどうでもよくなって胸を高鳴らせた。指の腹で、彼の手の甲をさするようにしながら、握る力を強める。熱い視線を向けると、どちらからともなく唇が重なった。唇を吸い、舌を吸い、角度を変え、何度も何度もキスをする。その隙間を縫うように、トマが囁いた。
「奥さま、どうか、オレと一緒に来て下さい。贅沢は出来ないかもしれませんが、庭師として腕も認められてきたし、きっと生活には困らないはずです。……オレ、絶対に奥さまを大切にします。幸せにします」
「トマ……」
エレナはこれ以上なく満ち足りた気持ちになって、頬に涙をこぼした。
想像してみる――、彼と共にいった未来を。
庭師としてどこかの貴族の家に働きに出る彼を、エレナは家であたたかい食事を作って待つ。彼のために洗濯をし、繕いものをし、家を整える。彼となら、もしかすると子供だって授かるかも知れない。
だがそこまで考えた所で、エレナはすっと頭の一部が冷えていくのを感じた。
エレナは少し沈黙し、視線を彷徨わせてから、再び口を開いた。
「……ねえ、トマ。あなたは、私のどこを好きになったの?」
互いの指を擦り合わせて遊びながら訊ねる。
トマは照れくさそうに指で頬をかきながら答えた。
「……手を」
「手?」
「奥さまの手を、とても綺麗だと思ったんです。奥さまのように綺麗な手をした女性を、オレは見たことがありません」
それは、彼に初めて会った時にも言われた言葉だ。