観念して、俺のものになって
「失礼いたします。お客様、本日はどのくらいこちらへ滞在されますか?」
バックヤードへと戻ったはずの店長が、再び戻って来るとは思わなくて。
表情筋が緩んだ、締まりのない顔を見られてちょっとだけ恥ずかしい。
誤魔化すために、咳払いをした。
「ごほん!……ええと、今日は特に予定ないから大体1時間くらいですかね?」
手元の伝票にブルーマウンテン、と書いた店長は私を見下ろし、いつもの穏やかそうな笑顔とは違う不敵な笑みを見せた。
「そう、1時間。それに今日の予定はない、と……了解」
.....なんか、意味深な言い方だな。
「あの、何か?」
「ちょうどよかった。俺も1時間たったら早上がりするから、一緒に店を出よう。家まで送っていくよ」
「いやいや、申し訳ないですよ!」
「僕もちょっと用事があるから、さっきの埋め合わせは別日になるけど。こっちの都合で面倒ごとに巻き込んじゃったし、それくらいはさせてよ。それじゃ、コーヒーが来るまで待っててね」
「えっ、待ってくださ.....」
あたふたとする私の言葉を全く聞かず、店長はそのまま違うテーブルへと向かってしまった。
彼の仕事を中断させてまで、その申し出を断る必要があるか悩んだ私は、仕方なく読みかけの文庫本へと視線を落とす。
……どうしよう、なんだかよくわからないうちに一緒に帰ることになってしまったよ。
文庫本に目をはしらせるものの、内容は全く頭に入ってこない。
大好きな小説の世界にどっぷり浸かることもできず、私は肩を落としてため息をついた。
お待ちかねのブルーマウンテンを運んできてくれたのは、顔なじみの若い女性店員さんだった。
彼女はニコニコ笑いながら、「ゆっくりしていってくださいね!」と声をかけてくれる。