観念して、俺のものになって
紬さんがバックヤードに戻っていったのを確認してから、鞄から最近読んでいる文庫本を取り出して読み始める。
その間に挟んだ名刺を、落としてしまわないよう取り出して財布の中へと移した。
……それにしても、なんであんなこと言っちゃったのよ私は。
表紙を開いて、そこに書かれたタイトルを眺めながら自分の浅はかな言動にため息をつく。
ただでさえ、あの人は今ストーカーになった女性客に悩まされているんだ。
迂闊な発言をしてしまえば、私もあのストーカーと同じ勘違い女だと誤解されるかもしれない。
最悪の場合、お店を出禁になる可能性もゼロではないから気を付けないと。
仕事終わりのオアシスに通えなくなっちゃうのは嫌だもの!
開いた文庫本の文字はまったく心に入ってくることなく、つらつらと目の前を滑っていく。
私の視線は何度目かの一行目をなぞり、やがて読むのを諦めてカウンターの中の紬さんを盗み見た。
一番高いあの珈琲だけは、サイフォンを使い時間を掛けて丁寧に淹れられる。