婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。
 その日。空はどんよりとした鼠色に覆われていた。今にも大粒な雨が落ちてきそうな、そんな空。コンラット公爵が執務室で家令から渡された領地に関する書類を確認していたとき。
 長男のヘイデンが少し乱暴に扉を叩いてきた。このノックの仕方は、この長男が非常に焦っているとき。家督を継ぐ者、どのようなときでも冷静さを保て、と口を酸っぱくして言っているのだが。

「どうかしたのか?」
 息子のうちの誰が来たのかというのを即座に理解したコンラット公爵は、書類から顔をあげずにそう尋ねた。尋ねた結果、帰ってきた答えが先のそれだったのだ。

「魔導士団で何かあったのか?」
 コンラット公爵はやっと顔をあげ、眉根を寄せて尋ねた。執務用の机を挟んだ向かい側に長兄のヘイデンが立っていた。
 ヘイデンは今、魔導士団採掘部隊の部隊長を務めている。採掘するのはもちろん魔宝石の原石。

「実は……」
 とヘイデンは口を開く。公にしないようにと上から圧力をかけられている案件ではあるが、魔法公爵家の当主である父には早かれ遅かれ耳に入ってくる話題であろう。
< 31 / 228 >

この作品をシェア

pagetop